健美伝心 長崎県編

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脇岬祇園祭 遺恨ナシ!男達の「こぶし」が唸る ケンカ祭り (動画あり)

,イベント・スポット,由佳理編集員

ほら貝と笛や太鼓のお囃子が響き渡り普段は静かで 小さな漁師町が活気付く!

長崎県最南端 野母崎半島にある脇岬町で230年余り続く『 脇岬祇園祭 』別名 『 ケンカ祭り 』が今年も行われました。

長崎で祭りと言えば 「長崎くんち」 を思い浮かべる方も多いと思いますが、長崎の中でも その地域ごとに それぞれの風習に沿った祭りが行われています。
その中でも 異彩を放つのが 今回 お伝えする お祭り です。

☝🏻 脇岬祇園祭 って そもそもどんな祭り?

ケンカ祭りとして 知る人ぞ知るまつりではありますが 本来 ケンカがメインの祭りではありません。
脇岬の祇園山にある八坂神社の祭礼なのです。

天明5(1785)年 コレラや赤痢のような疫病がはやり多くの死者が出たことから このようなことが起こったのは 信仰が足りなかったからだと言うことで厄除けの神である牛頭天王(ごずてんのう)=スサノオノミコトを祀る八坂神社を建立し、悪病退散祈願のお祭りを行ったのが始まりとされています。

祭りは2日間に渡って行われ 1日目に神様は八坂神社から神輿に乗ってお旅所の脇岬神社までお下(くだ)りになり、2日目にお旅所から八坂神社にお上(のぼ)りされます。

その時に 先払いとして 江戸時代の参勤交代を模した大名行列と太鼓4人と笛2人のお囃子がつきます。

初日は先頭に多くのお供を従えて町を練り歩き 神社や寺院などの要所で5分ほどの「下馬(げば)」と呼ばれる 挟箱を受け渡す所作をする儀式を行いながらお旅所に向かい、翌日も八坂神社に向かいながら その儀式が行われ 神輿を神社に収めた後に 翌年の当番町に挟箱を引き継ぐ受け渡しが地区と地区の境界で行われます。

画像 nippon-matsuri.net 様より

この大名行列は 深堀藩の行列を再現したもので お道具も脇岬地域を治めていた深堀藩の殿様から拝領したものだそうです。

主なお道具は

挟箱

大名の衣装や身の回り品を入れる担ぎ箱で 先ほど触れたように道中の各所で所作を行い 祭りの引き継ぎの儀式の時に重要な役割を果たします。
重さが9キロ程あり 所作を美しく演じるのは大変で体力が必要です。
* 休憩中も挟箱を下ろすことはありません。

すぎなり

長い棒の先に飾りがついた道具で 行列を先導する役割です。

ばんば

道化役で 「ここからお江戸は300里〜」など色んな言葉を叫びながら手にした毛槍を振り回す所作で観客を楽しませますが、この掛け声も最近はうまく受け継がれていないようで 昔 娘さんだった沿道の女性達から 教わりながら叫んでいるようです。

太鼓(ふれ太鼓)


太鼓と笛の音色が道中響き渡り20歳の同級の若者たちが厳しい練習を経て 音と動きが揃った演奏をし続けます。

この太鼓 の叩き方や動きが揃っていなかったり間違ったりすると よその若者たちから妨害を受けて そこから小競り合いが始まることもあるので、責任重大なのです。

地元の方にお話を伺ったところ このお祭りは 松原 山下 片新 の3つの町で1年ごとに持ち回りとなっていて、それぞれの地区で その所作も微妙に違うのだと 町の米穀店の御主人がお話をしてくださいました。

太鼓だけではなくそれぞれの役割は同級生で 分担されていて進級するように年齢を重ねるごとに役割の格が上がっていくのだそうです。

本来であるならば すぎなり は高校生ぐらいの年の子が2人1組でやるところを中学生が1人ずつで受け持ち 太鼓は20歳、ばんばは20代、挟箱の役割をするのは30代が受け持つのだそうです。

現在は このお祭りは8月の第1土日に行われますが、昔は 6月の梅雨が始まる前頃に行われていたのだそうです。

祭りが近づくと漁に出ていた男たちが それに合わせて帰って来て祭りの練習をし その練習で漁に出られない者は 練習期間中のぶんの お給料が出ていたのだそうです。

この行列 かつては 人数も多く長い行列だったのだそうですが地域の人口が減ってしまい 人を揃えるのが難しくなったとおっしゃっていました。


😊町のお嬢さん方に 長寿を祈願。


😊 神輿の下をくぐって無病息災を願う。

☝🏻けんか はいつ始まるの?

2日目にけんかが始まるのです!

神輿行列を終え 八坂神社に神輿を納めた後 翌年の祭りの当番町へ引き継ぐ儀式が行われます。
この儀式の後に けんかが始まると 他の記事に記述がありますが 実は神輿を納める八坂神社の境内で 一度 一悶着あるのですよ。

挟箱を担いだ行列が先に八坂神社に上がり 少し後に神輿と太鼓が駆け上がって来ます。
そして 無事 神社に神輿を納めた直後 太鼓の演奏を当番町の若者が守るように囲い始めると同時に 他の町の若者が飛びかかるように けんかを仕掛けるのです。

引き継ぎの場所よりもこちらの方がスペースが多少広いぶん激しい気がしました。
ひとしきり 「けんか」 が落ち着いたところで 八坂神社での “下馬” が行われ神輿納めが終了します。

ここで 一旦 休憩に入り ます。

☝🏻神輿納め そして 一悶着

そして いよいよ『 受け渡し』 の儀式、、、
八坂神社からそう離れていない 四つ角 と呼ばれる場所に今年の当番町の松原町の太鼓が入って来ます。
それに合わせて 町の人たちも狭い四つ角に 集まって来て それぞれベストポジションで見物出来る場所に陣取ります。

ひとしきり太鼓の演奏が終わったら ホラ貝が鳴り響き 受け渡しの儀式が始まります。

☝🏻受け渡しの儀式

この儀式で 挟箱を次の当番町に渡すのですが 次の当番町は困らせようと言う気持ちから なかなか受け取ろうとしないので 周囲の当番町側の人間が「はよぉ、受け取りに来んか!(早く受け取りに来い!)」次の当番町側の人間が「まだ受けとんな!(まだ受け取るな!)」などと
野次る声が飛び交います。

なかなか 受け取って貰えないことに短気を起こして挟箱を相手に向かって放り投げてしまうと 次の年も当番をしなければならなくなるので 挟箱を抱えている若者に 若者頭と言う祭りの重役に短気を起こさないようになだめられながら なんとか受け渡しが終わり 町の年長者たちが輪になって 大漁を祈る 手打ちで締められます。

さぁ これからが クライマックス!

動画でどうぞ〜〜〜〜〜〜〜!

☝🏻四つ角でのけんかの儀式

いかがでしたか?
町の人は見分けがつくのでしょうが そうでなければ 誰が誰やら 誰が味方か敵なのか?さっぱりわかりませんよね。

ルールは 石や棒など道具は使わないこと それ以外はOK!

流血はあっても 大きな怪我に至らないのは 年長者がケンカの状況を見計らって仲裁をしながら見守っているからなのでしょうね。

これだけやり合っても 遺恨無しって言うのだから驚きですよね。

この後は 皆で 美味しく飲むのだそうですよ。

どうしてケンカになるのかは今となっては 町の若者の「男」になる為に通る祭りの一部 と 受け止めるのがよさそうです。

問い合わせ先
野母崎行政センター建設産業課
095(893)1139

開催日
8月の第1土・日曜日

場所、アクセス
長崎県 長崎市 脇岬町
長崎駅から車で50分

駐車場
野母崎三和町漁業協同組合 活魚流通センター
周辺に広ーーーい空き地があるのでそこの好きなところ

このお祭りは 観光向けでは無いので 祭りの進行はその日の状況により変更されることがありますから、ゆとりを持ってお出掛けされることをお勧めします。

問い合わせ先の行政センターの方も詳しいことはよく解らないようで 「現地に着いたら町の人に聞いて下さい」と言われました 笑。

確かに 町の人に聞く方が 祭りの楽しみの幅は広がりましたよ。

勢い余ってぶつかってくる事がありますので 受け渡しの儀式を見る時は気をつけて下さいね。

執筆:由佳理編集員
カラダの衰えに焦り、今はランニングが趣味。1968年生まれの私のプロフィール
(顔写真付き)は下記のURLをクリック(タップ)するとご覧いただけます。
http://kenbi-denshin.com/nagasaki/editor/2008

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